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翔太物語

翔太の30万円達成紆余曲折物語その4

自分自身が、何を思って、どんな経験を経て、
大好きな事で仕事をしたいと思ったのか、
そして、小さいながらも、30万円を稼ぐという結果を出すところに至ったのか、

自分の物語を紹介してみたいと思います^^

その1 
https://shota888.com/post-207/

その2 
https://shota888.com/post-209/

その3
https://shota888.com/post-211/

 
そして、その4です!!  
 
 
 
2015年4月、路上詩人として、朝から毎日路上に座る生活が始まりました。
あてにしていた退職手当は、5月に入るということだったので、4月はもう完全に路上で稼ぐしかない状況でした。
もうやるしかない\(^o^)/
 
最初は、先輩の路上詩人さんに声をかけ、
隣に座らせてもらいながら、やり方を学ばせてもらいました。
 
下北沢、新宿、横浜、原宿。
毎日場所を変えながら、看板の見せ方を変えたり、ちょっとお金ができたら世界堂で道具を増やして、毎日路上で書きおろし。
 
 
最初は、『1円からお気持ち』でやっていました。
たぶん2ヵ月くらいは、それでやってた。
それでも仲間の言葉どおり、20万円くらいは、稼ぐことができました。
 
 
1円だけのお支払いだった人は、ひとりだけいたけれど、
少なくても数百円、だいたいひとり1000円くらいは、払ってくれるような感じでした。
 
 
1時間路上に座ると、ひとりくらい興味を持って、お客さんの椅子に座ってくれるようなペース。
たくさんの人が通りすぎていくけれど、ひとり止まってくれるその人が来た時には、やりがいに満ち溢れ、生きる喜びが湧いてきました。
 
少ない時は、1人も書くこともできない日もありましたし、
多い時だと、20人くらいに書く時もありました。
同じ場所で、同じ時間に、同じ事をやっているのに毎日結果が違うのは、不思議だなーと思いました。
 
 
路上から見あげる人の顔は、こわくみえました。
自分がすごく小さく、みすぼらしい存在のように感じました。
自分が『見られる』存在と考えると、弱い感じがしました。
ある時、自分が『見る』存在であると捉えなおすと、堂々と存在できることに気付きました。
意識の持ち方で、全然変わります。
 
 
1時間座れば、1000円は入る。
それは自分にとって、少しでも得たい収入でした。
なので、疲れているとかどうとか関係なく、可能な限り座り続けました。
基本最初の頃は、下北沢で日が変わるくらいか、新宿で終電が来るまで路上をしていました。
 
 
そんな必死で動き続ける毎日のなかで、今までずっとやり続けていた、
『人に会いに行く』っていうことができなくなりました。
でもそういう生活のなかで、人が会いに来てくれるようになったのでした。
 
 
FBのコメントでは、
「毎日勇気をもらっているよ」
「毎日すごいね!!」
「頑張れ!!」
など、応援のコメントをいただくようになりました。
直接、路上のお店に会いに来てくれて、差しいれをくれるひともいました。
 
 
お客さんからは、
「あなたに出逢えて良かった。また会いにきます」
「今日ここに来たのは、あなたに出逢うためだったんだなって分かりました」
「一生の宝物にします」
「応援しています。頑張ってくださいね」
「将来お店を出す時には、看板かいてくれよ」
なんて、たくさんのお言葉をいただきました。
 
 
1日落ち込んで帰る日もあれば、
路上で、お客さんや会いに来てくれた友達と、お酒を飲みながら語り合ったり、
偶然に偶然が重なって、奇跡的に何人もの友達が集うような日もありました。
 
数分後には、世界は変わっているかもしれない。
次の瞬間には、面白いことが起こっているかもしれない。
 
少し先の未来に、ワクワクできるようになりました。
 
 
名古屋、大阪、京都と遠征して書き下ろしをしたこともありました。
大阪の路上は特に楽しかったなあーー^^
 
そんな生活をする俺のライフスタイルが、
公務員から変貌を遂げた例として、K2アカデミーで紹介されたりすることもあったようで、
なぜか後輩からちょっとした有名人っぽくみられたりしているようなあるようでした。
 
 
ツタヤのお店のなかで、
お店を出させてもらったこともありました。
不思議な機会だったなー笑
 
 
お金の概念は変わって、
どこかで働かないと生まれなかったものが、
筆と紙があれば、最低限はつくることができるんだなっていう感覚になりました。
 
 
お昼の時間は、子連れのおかあさんたちが、街の主役になるということも
それまで、働いていた時には知らなかったことでした。
 
 
日々はめまぐるしく過ぎていきました。
支払いが多かったのもあり、数百円しか持っていない時は珍しくありませんでした。
それでも帰りまでには、平均7千円くらいは入ってくる。
自転車操業どころではない話です。
雨でも寒くても暑くても、休むことはできませんでした。
 
がむしゃらだったのと、
本当に、いろんな人に支えられて生きているのをひたすら感じてました。
 
 
それから、
不思議と路上仲間ができてきて、
その時期は愛すべき同世代の仲間たちがいて、楽しかった
 
路上にも社会やルールがあって、
昔からその世界のなかで創り上げられてきていることや、社交辞令などがあることも知りました
 
 
とりとめもないけれど、
今思うと、すごい日々だったな笑
  
 
1円からお気持ちが、
500円からお気持ちになり、
1000円からお気持ちになり、
 
後半は、アドバイスもあって
3つの商品を用意して、
ハガキは2000円、色紙は3000円、木番は4500円という価格で
かいていました。
 
たくさんの人に届けなくても、
本当に求める人に届けるっていう選択もあって、
それでいいのだなっていうことを学びました
 
 
その時の生活は、
地盤がなく日々支払いに追われていたため、
未来に向けた取り組みや、
時間やお金の投資が一切できなかった。
 
戦略を練る余裕もなくて、
これからどうやって、事業を大きくしていけばいいのかも、
全然わからなかった
 
ただ、偶然な人との出逢いだけが頼りだったし、
そういう意味で、地に足がついてなかったなとおもう
 
自分を大切にできてなかったよね
 
でも、それはそれですごく大きな体験になった
 

その年の大みそか、
ちょうど1000人へのメッセージを届けることができた。
 
そして、それをきっかけに、地盤を固めるためのバイト生活に突入したのでした。
 
 
つづく

Category : 翔太物語
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読んでいただいて本当にありがとうございました\(^o^)/少しでもお役に立てたとしたら、嬉しいです^^

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清野翔太

2015年公務員を退職後、路上でのアート活動を開始し1000人の人へ作品を届ける。2016年にSound Soulsに出逢い、これまでに延べ200人以上に体験を提供。多くの人の人生を変える。ひとりひとりが個性を最大限発揮しながら、いきいきと生きる世界を目指し、夢を確信に変える体験をクリエイトしている。
*詳しいプロフィールは、上の『清野翔太』をクリック(タップ)すると見られます^^

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